某ファストフード店でのアルバイト
私は27歳の女性で、現在は事務職に従事している。
数年前、大学生だった私は、とあるファストフード店で働いていた。
ハンバーガーを作る側の仕事をすることもあったが、カウンターで接客をすることがほとんどで、主に通学前の朝の時間帯に働いていた。オフィス街にある店舗であったため、出勤前にコーヒーを買いに来る常連のお客様が非常に多かった。
ファストフード店において、1人のお客様と接する時間は1回あたり数秒、長くても数分である。しかし、毎日のように働いていたので、常連のお客様の多くが私の顔を覚えてくれ、徐々に仲良くなっていった。
大学卒業を機にアルバイト先も退職したが、最終出勤日には、沢山のお客様が花束や手紙、プレゼントなどを持って来店してくれ、涙が出るほど嬉しく幸せな気持ちになった。
このアルバイトは私に、例え短時間でも、心を込めて人と接することの大切さ、そして働くことの楽しさとやりがいを教えてくれたのである。
変わったお客様もいる
ほとんどのお客様が良い意味で普通のお客様であったが、時に変わったお客様も来店される。
特に夜間~早朝にかけてはそういった方の割合が多くなる印象だ。私の中で、特に印象に残っているお客様が2人いる。
1人目は、毎朝6時前に決まって来店する常連のおじいさんだ。ホットコーヒーのSサイズを1杯注文し、それにコーヒーシュガーを7本つけて欲しいと毎回言われる。最初のうちはずいぶん甘党のおじいさんだなと思っていたが、よくよく観察していると、7本のうち6本は、袋に入れて自宅に持って帰っているようだった。「いつも同じ服を着ているし、砂糖を購入するお金に困っているのだろうか。」と想像しつつ、7本のシュガーを渡していたものである。
そして2人目は、早朝に来店した男女の2人組だ。ポテトを注文し席に着くと、持参したワインを取り出し、ポテトをつまみに飲み始めたのである。当然持ち込み禁止なので注意しようと近づくと会話の内容が聞こえ、どうやら男性が女性を口説こうとしているようであった。その男性の恰好をよく見ると、ホスト風で、ブランド物の高そうなアクセサリーなどを身に付けていた。「そんなお金があるなら、ファストフード店なんかじゃなくて、もっと良い場所で口説けば良いのに。」と思ったことは言うまでもない。
本当に「スマイル下さい」と言われることがある
某ファストフード店でメニュー表に載っている「スマイル0円」。友人にファストフード店で働いていると言うと、「スマイル下さいって言われることある?言われたらどういう反応をするの?」と聞かれることが多々ある。
まず、あるかないかという問いに対する答えは「ある。」だ。私の経験上、男子学生のグループが来店し、罰ゲームか何かでそのうちの1人が他の全員の監視のもと言わされるというケースが非常に多かった。
そして、どういう反応をするかという問いに対する答えは「意識しなくても笑ってしまう。」である。本来は「ありがとうございます。」と言いながら、写真に写るときのようなニコっとした笑顔を返すべきなのであろうが、恥ずかしさから、自然に照れ笑いが浮かんでしまうのである。
一緒に働いているスタッフにその場面を目撃されると、必ずと言って良いほど仕事後にからかわれるので、二重に恥ずかしい。「スマイル下さい。」への対応だけは、最後までうまくできないままだったように思う。
様々な動作にかかった時間が測定されている
ファストフード店において、スピーディーに商品を提供することは非常に重要なことだ。そのため、店員のありとあらゆる動作にかかった時間が測定されている。
例えば、オーダーをとり始めてからとり終わるまでの時間、オーダーをとり終えてからお会計を完了するまでの時間、オーダーが入ってからバンズを焼き始めるまでの時間、バンズを焼き始めてから商品が提供できるまでの時間などである。そのため、バックヤードのいたるところにタイマーがついている。
タイムが遅いと店側からの評価が下がるので、初めはこのシステムにものすごいプレッシャーを感じていたが、慣れてくると、仕事の質を落とさず、いかにしてタイムを縮めるかについて考えるのが楽しくなっていった。自分の中での最短タイムを更新し、1人で密かに喜んだときもあった。
タイムは縮めようと思えばいくらでも縮められるものなので、決まったゴールが無い。
こういった部分が、私がこのアルバイトに夢中になった1つの大きな要因であると思う。
お客様の中に、志望企業の社員がいた
大学時代の4年間、ほぼ毎日のようにシフトを入れていたアルバイトであったが、一時期だけ多く休みをもらっていた時期がある。就職活動を行っていた時期だ。
私は就職氷河期と呼ばれた時代の就活生なので、並行してアルバイトまでこなす余裕がなかったのである。
ある日、久しぶりに出勤すると、常連のお客様の1人から「最近いないけどどうしたの?」と声をかけられた。ちょうど他にお客様がいなかったので、就職活動中である旨を伝えてその方と話していたところ、偶然にも私が志望する企業のうち1社の社員の方であることが判明した。
この方は数日後、私のために別途時間をとってくれ、その企業の実情や裏話についてあれこれ聞かせてくれた。このことは、私の企業選びに大きく影響し、結果的に悔いのない就職活動をすることができた。
このアルバイトは、私を良い方に導いてくれたし、その中で沢山の素敵な方たちに出会うこともできた。私にとって、ここでの4年間は、かけがえのないものになったのである。