高齢者、障害者、外国人、誰でも採用する万年人手不足の工場
私は68歳の男性、私がこの大手の牛丼チェーン店の食肉加工工場へアルバイトとして入社してから3年が過ぎた。最近、Wワークとして別のアルバイトの申込をしたことがあるが、どこも65歳超という年齢のために断られた。そう考えると、ここで働いていることは世の中全体から見ると、随分特別な職場であるということが分かってきた。
働いている人間は派遣社員を含めて約300人位だが、高齢者をあげると女性で79歳、男性で74歳というのが最高齢のようである。会社では、80歳になっても働けるよう作業の肉体的負担を軽くすべく徹底した自動化・機械化を目指すと、いつかの朝礼で言っていた。また、障害者、外国人が多いのもこの工場の特徴である。
恐らくここ以外では採用されることが難しい人達である、そう言う私も同類である。しかし、それでも工場は万年人手不足である、比較的休む者の多い日曜日などは、普段デスクワークをしている社員が臨時に駆り出されている光景を目にする。なので、会社ではいつでも人員採用にやっきになっている。最近では人員を一人紹介すると、5万円の報奨金を出すという貼り紙が出るほどである。
ベテラン・アルバイトのあれこれ
私が入社した時、最初に声をかけてきたのは中国人女性のRさんだった。私が年金をもらっていながら、なぜ働くのか不思議だったらしい。
実は私は定年後、大学へ入り、その年から大学院へ進学した時だった。その学費の足しに働きに来たと言ったら感心していた。それから彼女が工場創設以来のメンバーであることを知った。かれこれ20年もこの工場で働いているという。そして今後も一生ここで働くことになると言っていた。彼女はいわゆるリーダーとしての仕事をしており、初心者や中国人の面倒をよく見ていて、その本性の暖かさと不合理に対する旺盛な反発が日本人からも慕われている。
一方、同じく創設以来のメンバーである年配ながら声が大きく口やかましい日本人女性のIさんというリーダーがいる。この人の声はどこに居ても聞こえるほど大きいのだが、初心者に対する指導が、また、口やかましいことでも、皆の一致した見方である。
私も最初、この人に怒鳴られる度、ギクッとしたものだが、今では私も大体の仕事をこなすようになった為か、あまり怒鳴られることは少なくなった。しかし誰に聞いてもこの人を嫌いだと言う。たくさん人が集まれば、いろんな人がいるものである。
品質検査もほどほどにしよう
この工場は食品を扱うだけに、食品衛生の管理は徹底している。業務で行う食品のチェックとしては、カット、スライスした肉を袋詰めするラインの中にチェッカーという仕事がある。
ベルトコンベアーを流れる肉の中に骨や異物が入っていないか、肉の切り損ないがないかどうか、肉をかき混ぜ、チェックするわけである。一応、異物の基準はあるものの、かなりのスピードで流れる肉を隅から隅まで見るのは至難の技である。
ある日私がチェックしているところへ、例のIさんが来て、私の取り除いた物を見たあげく、言ったことは、「あまり小さなものは取り除かなくていい、だしになるから」ということだった。
そういうのなら、硬骨はともかく軟骨などは柔らかいので取らなくてもいいのではないかと言いたくなる。硬骨が客の歯を傷付けたというクレームがあった。しかし、これだけ大量に肉を扱っているので完璧に異物を取り除くにも限界があるというものだ。品質検査もほどほどにしよう。
社内販売で知った肉の原価の安さ
時々、工場内で肉を中心とした社内那売がある、最初、私が買ったのは牛丼で使う輸入牛肉だが、なんと1㎏100円という安さである。それを実家の母に教えたところ、普段牛肉など食べる機会がないから、買って送ってくれということだった。私は大量に10袋10㎏買って送ってやった。母はそれを人に分けてやったり、肉じゃがを作ったりして食べておいしかったと言っていた。
しかし、1㎏100円ということは、100g10円である。まさか、損してまで社内販売をすることはないだろう。スーパーでも街の肉屋でもこんな安い肉は見たことがない。とすると、店舗で出す牛丼の原価が如何に安いかが分かるというものだ。どうりで、この会社は増収増益だと言う。
もう一つ原価の安い要因に工場の従業員の時給がある、障害者の時給は最低水準である。その他の人にしても時給は大体900円の人が多い、生産を支えているのはこういったアルバイト、派遣社員である。高齢者に障害者に外国人。みんな、低時給でも働かざるえを得ない人達である。
アルバイトでも有給休暇、社内旅行あり
この工場は一応大手企業の工場に属するだけあって、驚いたのはアルバイトにも有給休暇があるということだ。週5日勤務の場合、6か月後から年間10日である。
私は昔の人間なのでアルバイトというものは学生の夏休み、冬休みのアルバイトというイメージしかなく。最近の就業情勢も知らなかった。だが、今の世は非正規雇用という方法で企業が人件費を削ることに一生懸命だということらしい。
しかし、この工場の生産を支えているのはアルバイト、派遣社員という非正規雇用の人達である。そうして見れば、アルバイトと言えども有給休暇を与えるのも自然なことに思えてくる。だが、一般の有給休暇と違って日給の6割程度の支給である。
また、3年以上勤務のアルバイトを対象に一泊二日のバスによる社内旅行がある。費用は全て会社持ちである。お蔭で私も初めてこの秋に社内旅行に行けることになった。有給休暇と社内旅行と、アルバイトに就く前は思っても見なかった福利厚生に、実社会に入って得られた発見があった。