変わり者と言われた彼との出会い
バツイチだった私はやむなく実家に帰省することになり、折り合いの悪かった母に頼み込む形で住まわせてもらうことになった。
仕事場は近くの工場となったのだが、軽作業ではあるものの検品作業などがある為に、見た目には簡単に見えるものの神経を使う作業だった。
おまけに、商品を作る機器類を調整する技術者が下手糞で、検品するにしても悪い形のものから良いものを見つけ出すという、最悪のパターンの作業となった。
その時に入社してきたのが年下の彼だった。彼は当初、発送作業のほうにまわされていたが、器用さを見込まれ機器類を扱う私の部署に配属された。
彼が部門に配属されてから、商品の品質が一気に上がり、検品作業がとても楽になった。彼はとても口下手だったし、周りの人にも変わり者というイメージを持たれていた。
私は特に偏見などはなかったが、彼に「仕事が大変でしょう」と言うと、「全然大丈夫ですよ」と言った。
その時の笑顔は私に安らぎを与えてくれたし、どことなく輝いていた。
周りからは変わった人と言われていたが、私にはそう思えなかった。作業の手伝いもしてくれたし、誰にでも優しいという印象だった。
見てくれともイメージが違い、整理整頓が好きなタイプで社会人として優秀だった。
少しずつ引き寄せられていく心
彼が変わり者である部分は間違いないのかもしれないと思い始めたのは、あっち向けほいをしようと言われたり、洗い場でぶつぶつ独り言を言っている時だった。
やはりこの人変わっている、その時はそう思った。
後で知ったことだが、彼はやはり女性の扱いがよくわからない部分もあり、特に初対面の人間にどうやって話しかけて良いのか分からないといった性格があるのを知った。
特別に変わり者でもなく、むしろ雑学など多くのことを知っており、見る目も冷静だったと思う。
おまけに仕事ができる上に温厚でお人好しだった。
私の部署に配属されて半年くらい経過した時に、どこかに一緒に遊びに行かないかと誘われた。
私は自分がバツイチの経験を持っていることもあり、異性とこれからまた関係するなど全く視野に入っていなかった状態だった。
だから、特別に彼に興味を持つこともなく、家の仕事が忙しいから、どこかに出かける事は出来ないと断っていた。
それでも、私が好みそうな飲み物を用意してくれたり、小箱を作りその中に休憩中に食べる飴玉を入れておいてくれたりしてくれた。
ほんの少しの「心尽くし」に私の心はどんどん揺らいでいった。
見た目も自分の好きなタイプではないし、そこまで興味をもなかったが、何故か引き寄せられていったのだ。
思いがけないプレゼント
バツイチの私には厳しい現実が常に目の前にあった。
勤め始めて半年くらい経過していたが、11月の下旬は私の誕生日であり、母は誕生日のケーキを用意してくれた。
離婚後で神経が衰弱している私が、それを目にして泣いてしまったのでせっかく用意したのにと母は怒った。
折り合いの悪かった母は、結果的に一番私の事を守り抜いた人間だった。
そのことに気づくまで、かなりの時間もかかったし、今でもまだ少しだけ葛藤がある。
同時期に彼が小さなオルゴールを突然プレゼントしてくれた。
自分の誕生日を知っているのは自分の家族だけ。私は他の人に自分の誕生日のプレゼントをもらったことがない。
元夫からも特別にもらったことがなかった。それなのに彼は手の平に乗る、可愛い音楽の流れるオルゴールをくれたのだ。
そんな時の小さな彼のプレゼントは、暖かい毛布で体を包まれるような温もりを感じ、忘れることができなくなっていた。
交際を始めようと思ったきっかけは、結果的に私の方から付き合ってみようかと言った事が始まりだった。
付き合いの始まりと経過について
彼と付き合いだしてみるとわずらわしさばかりが増していく感じがした。
彼は相当な口下手だった。車に乗ってどこかへ行こうとする時の話題も全くない状態。
私の方もコミュ障とはいかないまでも、あまり話すのが上手ではなかった。
お互いこんな感じだったので、ギクシャクした感じが続いていた。
3ヶ月目になるとある程度話を出来るようになってきたのだが、もともと恋愛経験が少ない上に、バツイチとなれば、あまり深い関係になってこの先どうなっていくのかと不安にもなる。
体の関係なども求められたのだが、彼が年下だということもあり一歩を踏み出すことができなかった。
けれど、付き合いが継続すると結果的に体の関係も発生するようになる。私たちもそうだった。私も恋愛経験は無い方なのだが、彼は初めての恋愛経験なので嬉しそうだった。
一緒に横になるというだけで頬を染めて喜んでいた。私の頭をなでながら可愛い、綺麗と何度も褒めた。同じ言葉の切り返しのような感じたが、色々な言葉を巧みに利用されるよりは一直線に感じた。
今までどちらかというと男に利用されてきた部分もある私が、一方的に溺愛されているというのはとても不思議な出来事で、人生において自分に価値があると思わせてくれるのはこの人しかいないと思った。
付き合いだして同棲そしてプロポーズ
彼との交際はステップを踏むたびに安定していった。
彼は私が行きたそうな地域を探し、車に乗せて連れて行ってくれた。
その場所には一面の花が咲いていたり、綺麗な海辺だったり、可愛いイルカのいる水族館だったりした。
最初は行った場所で楽しみを共有できないと思われる部分もあったが、次第にお互いの話題が繋がってくると、様々なことに興味を持ち、行った先でも楽しめるようになった。
彼も特別水族館にいる魚に興味を持つ事は無かったのだが、最終的にはこれは綺麗だ、これは面白いという風に同じ目線で物を見ることができるようになっていた。
付き合い始めて5年が経過した頃、母が他界した。
私の家庭には病人と引きこもりしかおらず、葬儀に関してもすべて私が手配した。
彼はその時の私の心の支えになってくれた。
結果的にもう同棲している状態だったのだが、それから半年くらいが経過した頃に、結婚しようと正式に言われた。
もしも、あまり付き合いもなくプロポーズされたのだとすれば、絶対に断っていたと思うが、私はもう既に彼と同居生活を始めていた。
病に倒れてしまった母のいる実家と、彼の家とで行き来している状態だった。そんな私を助けてくれたのは常に彼の優しい心だった。
恋愛の出だしは人それぞれ
私は40代の専業主婦になった。というか、兼業も少しはしている。彼との結婚生活は15年以上を経過している。今でも思うのは、恋愛というのは突然出る現象では無いのではないかということだ。
私も初めはそうだった。相手に何の興味もなく夢中にはなれなかった。けれど、私の中で、彼は体と心のどちらも癒してくれる存在だ。この何年もの間たまにはケンカもしたけれど、毎日毎日充実した日々を過ごしていたし、結婚してもデートを重ねていた。
彼が忙しくなってくると機嫌を損ねることもあるが、彼が忙しくない時にはべったりと甘えている。年下ではあるが、彼には親にも似たような母性や父性の愛情があるように感じる。困ったことがあれば何でもしてくれる。
彼と付き合うようになって、私はお喋りになった。彼はよく聞いてくれるが、興味を持つことになると何時間でも会話ができる。恋愛と愛の差みたいなものが、自分ではよく分からないように思う。TVタレントを好きになるというのもいわゆる恋愛なのだろうか。
ときめきというのは、物が欲しい時にも感じる心情だと思う。私はときめきを感じる恋愛よりも、愛情を持続させる相手が存在している方が、より価値が高いように感じているし、恋愛の始まりは「特別なときめき」がなくても良いのではないかと思う。