年下の男との出会い
私が彼と出会ったのは、近所のパチンコ屋だった。
当時、私は大学生だったのだが、自分のやりたいことと講義の内容とのギャップに悩み、大学を休むことが増え、かなり自暴自棄になっていた。
大学には行きたくない。かといって、親の手前、家にいるわけにもいかない。
それで私は、出来もしないパチンコを打ちに、近所の店に通うようになっていた。
彼は専門学校生で、パチンコ屋には夕方や休日だけアルバイトに来ていた。
パチンコ屋では、ちょっと通えばすぐに店員や他の常連と顔なじみになる。
当時はまだ、女性客といえばおばちゃんかヤンキーくらいなもので、そうではない、若い女の客は珍しかった。
これはずっと後になって知ったことだが、私は店員たちの間で『帽子のねえちゃん』というあだ名がついていたらしい。
パチンコ屋は近所だったので、知り合いに見られるのが嫌で、私は毎日キャップを目深に被っていた。
私より3歳年下の彼は、私が通い始めた当初から、何かと親切に接してくれた。
子供の頃から生意気で、それまで年上の男としか付き合ったことがなかった私は、年下の男に全く興味がなかったのだが、彼の態度や他の店員の言葉などから、彼が自分に好意を持っていることを少しずつ悟っていった。
パチンコ屋の客にとって、店員が優しくしてくれるのは悪いことじゃない。むしろ歓迎すべき状況だ。
別に嫌いなタイプではないし、まぁいいか、という程度に受け止めていた。
年下の男のアプローチ
私がすっかり常連客の仲間入りをする頃には、年下の男の態度もかなりあからさまになっていた。
『今度、ドライブに行かない?』
『食べ物は何が好き?一緒にご飯食べに行こうよ。』
そんな調子で、馴れ馴れしく誘ってくることが増えた。
いくら自暴自棄になっているとは言っても、パチンコ屋で男をつかまえようとは思っていなかったし、年下の男に興味はないし、そもそもこのとき、私には数年間付き合っていた彼氏がいた。
とは言っても、大学を休みがちになるのと時を同じくして、サークルの先輩だった彼氏とも疎遠になっていった。
彼氏は私と連絡を取りたがっていたようだが、私は避けていた。
嫌いになったわけではなかったが、大学にほとんど行かなくなり、単位も足りず、留年か中退か、というようなダメな自分を彼氏に見せたくない思いもあり、顔を見るのが辛くなっていた。
年下の男は、私に恋人がいるかどうか確かめようともせず、毎日のようにデートに誘ってきた。
パチンコ屋に通いつめるような女に、彼氏がいるわけもないと思っていたのかもしれない。
ずっと適当にはぐらかしていたが、年下の男の元気がなくなり、他の店員たちに
『アイツのこと頼むよ。』
『一回でいいからデートしてやってよ。』
などと口添えされることが増え、いよいよ面倒になった私は、
『わかりました。じゃあ、一回だけですよ。付き合うつもりはないんで、あんまり彼のこと焚き付けないで下さいね。』
と念を押し、一度だけドライブに出かけることにした。
そこで適当にあしらえばいいと軽く考えていた。
年下の男と初めてのデート
だいたい、年下の彼だって、私のことを本気で好きなわけではないだろうと思っていた。
パチンコ屋に通いつめる女が珍しくて、なんとなく興味を持っただけだろう、ちょっとドライブにでも付き合えば気が済むだろう、と。
ところが、年下の男は本気だった。
店が閉店して、バイトからあがった男は、私を愛車に乗せ走り始めるとすぐに自分のことを語り出した。
通っている専門学校のこと、両親のこと、バイト仲間のこと、好きな音楽、将来の夢、、、。
まるでお見合いの席の会話のように、健気に自己紹介してくる。
そして、こう切り出した。
『専門学校の仲いい友達がさ、早く彼女紹介しろよってうるさいんだよね。』
え?彼女?それって私のこと?
まだ付き合ってくれとか言われてないし、たった一回ドライブしただけ、、、と言うか、それもまだほんの数分走っただけだけど⁉︎
どうやら年下の彼は、恋愛経験がほとんどないらしい。
ずっと誘っていた相手がようやくデートに応じたということは、彼にとっては
『彼女ができた!』
という意味になってしまうのだ。
さすがに焦った私は、
『あたしたち、まだ付き合ってないよね?』
とくぎを刺した。
『え?そうなの?』
きょとんとした顔で男が言う。
『だってまだ、付き合ってくれとか何にも言ってないじゃん。なんでいきなり彼女になってんの。』
『いや、俺はもう、、、ええ?違うの⁉︎』
なんておめでたい男。でも、なんか可愛い。
それまでまくし立てるように自分のことを話していたのに、急に無口になって、顔を赤らめている。
1人で舞い上がっていたことへの後悔と、成就したと思っていた恋が実はまだ始まってもいなかったことへの落胆と、、、。
年下の男のそんな様子に、ついに心が動いてしまった私はこう言った。
『まぁ、付き合ってあげてもいいんだけどさ。』
年下の男と付き合うなんて
それから私と年下の男は、度々デートするようになった。
ほとんどが閉店後の深夜のドライブだったが、たまには昼間から出かけることもあった。
意外なほど、楽しかった。
年上の男としか付き合ったことがない、、、と言うよりも、年上の男にしか好意を抱いたことのなかった私にとって、自分より3歳も若い、しかも恋愛経験の乏しいウブな彼との逢瀬(おうせ: 愛し合う男女がひそかに会う機会)は、すごく新鮮で刺激的だった。
手を握ることすらなかなか出来ない彼に、少しずつ、お互いの距離を縮めていくすべを教えてあげるのは、喜びですらあった。
彼のぎこちない態度や、子どもみたいなリアクション、背伸びして大人ぶるところ、全部がかわいく思えて、本当に楽しかった。
大学に行かなくなってしまったことで疎遠になっていた彼氏のことも、この頃にはあまり思い出さなくなっていた。
大学の単位はいよいよ決定的に足りなくなり、中退せざるを得ない状況で、将来のことも何も考えられず、親には心配をかけるばかりの毎日だったが、年下の男と過ごす時間が、私の精神的な支柱となっていた。
彼のバイト仲間とも仲良くなり、パチンコ屋に通うのが楽しくてしかたなかった。
もちろん、閉店後のドライブデートはもっと楽しかった。
年下の男なんて、と思っていた自分がうそのようだった。
年下だから。年下なのに。
年下の男と付き合い始めて、意外なほど楽しくて、彼のバイト仲間にも歓迎され、祝福され、
『ああ、なんか幸せ。』
と思うようになり始めた最初の頃から、心のどこかで抱いていた思いがあった。
『別れるときは、彼から。』
つまり、私から振ることはしない。彼が自分の意思で私から離れていくのが一番いい。そんな思い。
楽しくて舞い上がっていたけど、やっぱりわかっていた。
これは、本当の恋愛感情じゃないって。
彼は本当にかわいい。
大好き。
いつも一緒にいたい。
でもそれは、彼のことを男として必要としているのではなかった。
私にとって彼は、弟とか息子とか、ペットみたいな存在だと感じた。
とても大切で、守ってあげたい存在。
でも、女として心から身を預け、頼ったり包み込んでもらえるような存在ではなかった。
それは、最初からわかっていたことのようでもあり、いつの間にか気づいてしまったことのようでもあった。
だからこそ、別れるときは彼から。
彼を傷付けたくないという気持ちや、彼には私という女を卒業して、もっともっと素敵な恋愛をして欲しいという気持ち、姉のような、母のような心境だったと思う。
もちろん彼の前では、そんなことは口にしなかったし態度にも出さなかった。
バイバイ、年下の男。
年下の男と付き合い始めて約一年が経とうとしていた頃。
彼がバイト先のパチンコ屋を辞め、一つ隣の駅の店で新しくバイトを始めた。
そのときはまだ、彼の心には私がいたと思う。
でも、新しいバイト先で仲間が増えるにつれ、デートに誘われる回数が減り始めた。
たまに会っても、会話がはずまない。
いわゆる『倦怠期』という雰囲気だった。
前の店の、彼のバイト仲間たちが余計なお世話で教えてくれた。
『アイツ、今の店で好きな女ができたみたい。』
、、、別れるときは彼から、と心に決めていたし、そうなるようにちょっとずつ自分の態度も変えていったので、当然の展開だと思った。
でもやっぱり、ショックだった。
彼の心が自分から離れていくのが手に取るようにわかった。
もう、以前のような目で私を見ることなはない。
出会った頃のように自分のことをたくさん話してくれることもない。
、、、男として愛してたわけじゃない。
かわいい年下の男の子だっただけ。
それは確かなこと。
でもやっぱり、さみしかったし、悲しかった。
徐々に連絡が途絶え、最後は自然消滅という感じだった。
あとから聞いたところによると、新しい彼女は子持ちのバツイチで、やっぱり年上の女だったらしい。
彼はまた、年下の男になった。