少子高齢化で足らない働き手!なぜか頭叩きな世の中!

少子高齢化社会

このままでは衰退してしまう!?いなくなる主戦力と足りない主戦力

世間では少子高齢化だと誰もが言いますよね。確かに子供はどんどん減っているし、今までの主戦力世代(団塊世代)は退職したり隠居してしまったりで今を生きる若い人材には負担ばかりかかるし無職者の問題もどんどんひどくなっています。

結婚をする人も子供を作る人も減ってしまっているし、それで叩かれたりする人との間でさらにもめにもめてと悪循環が続いている気がするんです。

社会(国)は口だけで、日本は「国はどうにもしてくれないから、自分たちがすればいい。それしかないじゃない?」という感じの国ですし、それでも個人で出来る事はたかが知れていたりします。

働けと言うが、時代が動いているのに前世代の人が若者の頭叩きをしていたり「男はこうあれ、女はこうあれ」とダイバーシティなどで色々推進していても結局古い”型”にはめてしまおうとしていたり・・・。

まさに矛盾とカオスのスパイラルです。

この問題の犠牲には結局立場の弱い者がなる訳ですから、本当に誰にも守ってもらえない世の中です。

重大な問題。でも、進んではいかない

私は女性だからそちらに目が向くのでそこから話します。

ただ、向きやすいというだけですので男女ともにきついと思っているというのは間違いないですが…。

世間の女性に求めるものがあまりにも多いのだと思います。いわゆる高学歴の有能な女性などが一番きついのではないかと思うんですよ。ニュースでも女性新入社員が自殺をしてしまうなどの事件がありましたし。

女性には”女で在れ、仕事をしろ、母で在れ”と無理難題が浴びせられすぎている気がするんです。

女性同士であっても前世代の女性だと「女の幸せ」にこだわった考えから「結婚・出産・家を守る」が一人前の証とかいいながらあれこれいいますし。

しかし、ここでは声を大にして言いたいです。

それは古い”男社会”の名残の考えであって「幸せには”男も女もない”でしょう?」と。

昔はそれでよかったのかもしれませんが、今や年功序列すら崩れる世の中です(そもそも「年功序列」はそれしか従うルールがなかった時代のものですから今は少し違うと思うんです)。

嫌な言い方をしてしまうと女の幸せとは全てが”男性が女性にさせたい事”を真実の様に発言していた結果出来てしまった妄想の世にも思えるのです。

「結婚・妊娠=子供が必要だから・家を守る=自分の世話をさせたいから」という感じで。
これは”昔だったからアリだった”のだと思います。

その名残の発言だったり態度だったりも、逆に少子化につながってしまっている気がするんです。勿論、こういうのを幸せととらえるご夫婦もいるので、それはそれだと思いますよ。

しかし、これは何も女性だけの話ではありません。女性には妊娠出産があるからより困難になってしまっているだけで、じつは男性にもこれらの余波は来ていたりします。

女性ほどではないにしろ「早く結婚して子供を」はありますが、それより深刻なのは「男性が男性らしくした方が、自殺率が高くなる」事です。

今は男女ともに(特に女性)、個人の価値観や理念、概念その他多くの個性を重視する時代にもかかわらず、性別による価値をいまだ振りかざす人達(はたまた企業人)がいるのです。

正直「そんなの関係ねぇ!」としか言いようのない事ですが、数の暴力という物は実に厄介で、ねちねち(そうでなくても言われ続けるなど)攻められればきついもの。

将来は大変かもしれないのですが、その期待をむやみやたらと”押し付ける”のはさらに逆効果なのではないかと思います。

そもそも結婚するしないを男女で見ると収入が少ない男性が結婚できず高収入の女性は結婚せずの時代です(逆なんですね)。

よほど結婚に(嫌な言い方ですが)メリットがないならしないでしょう。しても苦しいばかりなのですから。

共働きをしようと思い、子供を預けようにも保育園には入れず。なら保育園を作ろうという話になれば古い世代の人は「うるさいから作るな」という。自分たちの子供時代はどうだったんでしょうか?思わず首をかしげて呆れてしまいました。

お金がないから子育てができないとしても国は言うだけで無駄なバラマキくらいしかしないのでどうにもならない状態です。

産めや作れと言われても、その後の生活がままならないで貧困にあえいだ結果、学校中退などになってしまう子供が多い時代です。

まずそこから何かしないとどうにもならない様な気がしてなりません。

被害は地方にも

先ほどまでは一般的な個人のお話ですが、今度は地方のお話です。

「優秀な若者がみんな出て行って、地域が衰退していく」なんてお年寄り(町内会の会長さんや、その土地の名士の方々)が嘆くのを聞き、村おこしだ町おこしだという話はよくあるものです。

しかし、別にいなくなっている訳ではないんです。ここで起こっているのは前世代による”強烈な頭叩き”です。

何が頭叩きなのかと言われそうですが、会社年配の方やこういったお年寄りは”過去の英雄譚(えいゆうたん: 英雄の活躍を描いた物語)”を誇らしく思う物の様です。

別にいいとは思います。個人的に孫に聞かせたりしてくださっているだけなら。しかし、それで地域がつぶれたら洒落にはなりませんね。

こういった方々が口をそろえて若者をこう見ます。
今どきの若い者は、我慢が足りない」と。

本当にそうなんでしょうか?疑わずにはいられない事態です。時代は変わっています。

しかし、こういった人々は”自分たちが昔した苦労を若者にも求める”様なのです。自分たちの物差しでしか見ず、新しく画期的なものは「今まではこうだったから」と否定して、いつも自分たちの時代を基準にしていきます。地域社会であったら、なおさら(名士・町内会長さん達は)力関係に押しつぶされてしまう事でしょう。

家庭内での問題も大きいです

個人的なものに話が戻ってしまう感じですがお付き合いください。

何も他人ばかりがこの手の頭叩きめいた事をする訳ではないみたいです。そう、家庭内にもいるんですよ、全世代的な考えを持った人は・・・。一番近くにいるにもかかわらず、一番厄介としか言いようがないお話です。

昔からある事ですが、嫁姑問題です。これがあるから結婚しない女性が多いんじゃないかしらと誰もが思ってしまいます。

最初に述べたように私は女性ですから、女性優位の目線にはなるのですがご了承ください。

女性が男性と違う点は妊娠出産があり、女でありながら母親にシフトチェンジしたり戻ったりしなければならない事です。しかし、人間そんなに器用にはできていない。

誰が言ったか「男性は有料で、女性は無料なの?」と。これに腹が立つのに、前世代の女主人ともなれば”自分と同じ苦労は嫁もするべき”となる訳ですよ。それを悪い事に夫は助けないのがほとんど。

これでは何のために結婚しているのか分からない(営利目的でなくともそう思います。安らぎも何もないですね)。これではお金さえ稼げて生活していけるなら、別に結婚はいいかしらと思ってしまうのもうなずけます。

ただ、女性の場合「結婚はしなくても子供がほしい」という考えも多いらしく、結婚するという事もあるとか(実は多いそうです)。

打開策はないのでしょうか?

本来は国が動くべきところなのだと思います。動く場所だって莫大なんです。

子供がいないのは仕方がない?そんな事はありませんよね?

誰もが安心して育てられる環境を作り出せる制度や社会が出来上がれば、本来は何の問題もないはずなのです(お金がなくて、健康な我が子をおろさなければならなかったという女性もいたそうです)。

すぐにこう言ってすべてが変わるという事はあり得ないのでしょう。しかし、変わらなくてはならないなら変わるしかなく、それ以外の道はないのです。

男女の不平等性もかなり大きな問題です。考えてみれば”働く人が足りない”のですよ?男も女も関係なく働き手がいると言っているじゃないですか?なぜ働かせられないのでしょうか?

この仕事は男が・・・の様な事を言っていたら先には進めません。出来る者が出来る事を能力と努力に応じて割り振って行けば生産性も上がりコストも下がりといいことずくめではないかと思うのです。

しかし、古い考えの人と男性陣はそこで訳が分からないことをまだ言うのです。

男女平等なのだから、女も男と同じ仕事をしろ」と。

いいえ、それは無理な話です。分かりやすい言い方をするなら、男女は外部的にもお腹の中も全然違う生き物なのです。そこまで違う特性を持つ者を同じにとはいささかおかしいのではないかと思いました。

そもそも平等とはどんなことでしょう?「等しくチャンスが与えられることだ」と言われています。等しく仕事をするチャンスを”その人にあった方法で、誰もにいきわたるように”とは私的な解釈ではありますが、そこまで間違ってはいないのではないでしょうか?

女性新入社員の痛ましい事件などはまさにそれらの考えが原因となっているのではないでしょうか?

「女らしく身ぎれいに。仕事はバリキャリよろしくに。結婚して出産して母としてしっかりと。」

無茶苦茶です。男性の方、これ全部できますか?

出産して母としての辺りだけでも大ごとです。

世の夫は言います。「子供が出来て、妻が怖くなった」と。

いいえ、それは違います。色々(女性同士だと教えてくれるお話ってあるんですね?)聞いていると思った事。

それは、「お母さんたち必死ですね。」という事。

はい、聞いているだけだった私ですら思いました。本当に何をするにも時間が足りない。眠る事も満足に出来ないのに掃除家事洗濯はきちんとして、パートで働いて、帰宅した夫の世話にその他諸々。自分の時間なんて一切なく、溜まるストレスと不満にはけ口なし。しかし、我が子と家庭は大事と必死で一生懸命。

こんな感じでひっつめて生活してらっしゃいます。それは、怖くなりますよ。妻は年内無休の職業婦人なのですから。男性方は働くのは会社だけです。それはとても大変な事でもあります。しかし、それを軽視してはいませんがそれだけでしょ?と奥様に言われてもおかしくない気もしました。

外国の方々も家庭の事を妻に丸投げ状態の日本はおかしい(正確には男女の役割がここまで決まっているのはおかしいとの事ですが、ニュアンスは先に述べた方に近く”お嫁さんかわいそうだよ”だそうです)とみてしまうほどです。

これでは結婚はしたくないという女性が増えるのも無理もないかもしれません(実は逆の男性もいるのですが)。この場合、形だけの”育メン”を振りかざすのはさらに悪いので考えるべきなのは、実は昔から言われている事だとも思いました。

結婚は2人でするものなので二人で頑張りましょう。これに尽きます。

片方に負担がかかる事。これはバランスが悪いのでしょう。バランスが崩れてしまうと何事もうまくいくわけはありません。

国の対策も夫婦間もまずバランスよく考える事でうまくいき、そういう対策だったり空気だったりを作り出すことで”こうしてみよう(結婚だったり、ほかのことだったり”となり、無職者対策にもつながるのではないでしょうか(もちろん、国のすることはしっかりしていただく事必須で)。

頭叩きをしないでおこう。まずは歩み寄りから

国、男女問題は歩み寄りや理解関係から解決可能(それでも大事ですが)かもしれないと思いました。一種の差別問題なら、心の改善が一番重要ですから。

では世代ごとの問題ではどうでしょうか?ここは心ではなく考え方の改善だと思います。今までは良くても、今からは違うという事を認めて年配者の方には接してほしいというのが正直なところです。

これはなかなか難しい問題ですが、そんな我を通し続けていたら本当に若者世代に見捨てられかねないという危機意識を持ってもらえるように、これも行政に手を打ってもらえないかと思っています。

しかしこればかりは本当に難しいですね。生きた時代が違うという実感はなかなか芽生えないので(私もいつまでも子供のような事を言っている訳にはいかないのだとフッと気づきます)。これは、この先時間が解決してくれるのを待ちつつ、根気強く腹を割って接していくしかないですね。

それこそ意外と各ジャンルの専門家の言う事なら聞くという話を聞いたこともありますし、そういった第三者を交えていくのもアリでしょう。

これらの問題はこの国、私たちの生活に直結するものです。今、個人の特性を重視する傾向が増えてきているのです。一度にこれといった解決策は残念ながら見つからない気がします。ただ、違う事からくる反発の様なものが原因のように思えたので、お互いの歩み寄りを時間をかけて行う事が、最善に繋がるのでは?と思います。

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